二〇世紀最後の日、十二月三十一日の夜、平山郁夫画伯は、奈良県薬師寺の玄奘三蔵院に奉納する壁画に最後の筆を入れた。四〇年にわたり玄奘を追慕し続けた長い旅の大いなる結実であった。
一九五九年、平山画伯はその年の院展に、中国唐代の僧玄奘が法を求めて旅をする姿を描いた「仏教伝来」を出品、入選した。これが玄奘三蔵との運命の出会いとなり、その後の画伯の歩く道筋を決定した記念的作品となった。時に画伯二十九歳。奇しくも、三三七〇年余り前、玄奘が国禁を破ってまで、インドへ経典を求めて歴史的な旅に出たのと、ほぼ同じ年であった。それからは玄奘に導かれるがごとく、その足跡をたどり、シルクロードを旅すること百余回。半生のほとんどが玄奘ゆかりの地の制作に当てられた。
私も長い間シルクロードに憧れ、旅をしてきた。中国の西域を始め、アフガニスタンのバーミヤン、インドのナーランダ等々、玄奘の足跡をたどるほどに、当時の旅の困難さと、それらを単身克服し、大願を成就させた玄奘の意志と気に、深い感動の連続であった。
幾多の困難の中で、今日でさえ絶望感に襲われるのが広大な砂漠の横断である。見渡す限り砂・砂・砂。島影ひとつない砂の大地は、あらゆる生物の存在をも許さないように見える。だが、それだけに、朝夕の赤い光に染められた砂漠には息をのむ美しさがある。黄金の夕陽に照らされて、品然と頭をもたげ、大地を踏み締めつつゆったりと歩くラクダと男の視線の先には、遥かなる天然への道が果てしなく続いているのかもしれない平山画伯五十代後半の意欲に満ちた名作である。
解 説 谷岡 清(美術評論家)
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