明治末期から昭和初期にかけて40年という短い生涯を流星のごとく駆け抜けた日本画家、速水御舟は、一つの様式にとどまることなく常に新しい表現を追求し続けた画家です。
本作≪名樹散椿≫は1930年のローマ日本美術展覧会に出品された作品で、1977年には昭和以降の作品として初めて重要文化財に指定された、日本絵画史に残る大変貴重な作品です。京都市北区にある昆陽山地蔵院(通称椿寺)に咲いていた樹齢約四百年という五色八重散椿の老木を題材にしたこの絵は、金地に色とりどりに咲く椿の木が描かれた二曲一双屏風です。御舟が35歳の時に制作された作品で、この時期の御舟は画面構成や絵画の質感表現を深く追求していました。無駄のない金一色の背景を切り取るように樹木が描かれた画面は琳派の装飾性の影響を感じさせる一方で、椿の花や葉には大正期に探求した質感描写の成果が感じられます。
速水 御舟(はやみ ぎょしゅう 1894~1935)
1894年、東京浅草に誕生。1908年、松本楓湖の安雅堂画塾に入門。1914年、雅号を「禾湖(かこ)」から「御舟」に改める。再興第1回院展に≪近村(紙すき場)≫を出品し、院友推挙。1917年、再興第4回院展に≪洛外六題≫出品、横山大観らの激賞を受け同人推挙。1920年頃より静物画に集中的に取り組み、再興第7回院展に≪京の舞妓≫を出品。1921年、≪茶碗と果実≫≪白磁の皿に柘榴≫≪赤絵の鉢にトマト≫などの細密描写による静物画連作を制作。1925年、≪炎舞≫(重要文化財)を制作。1929年、本作≪名樹散椿≫(重要文化財)制作。1930年、イタリア政府主催・ローマ日本美術展の美術使節として渡欧。1935年、腸チフスに罹患し、40歳で逝去。
監 修 山種美術館館長 山崎妙子
解 説 山種美術館館長 山崎妙子
原画所蔵 山種美術館
技 法 彩美版®シルクスクリーン、一部本金泥使用
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